機関紙『東京YWCA』

東京YWCAでは、会員向けに、年11回機関紙を発行しています。
ここでは、内容の一部をご紹介します。

機関紙『東京YWCA』 No.800(2024年3月号)

 パレスチナ問題から考える
  「人間の姿」と「日本の立ち位置」        

                        

                      桃井和馬(恵泉女学園大学人文学部教授)

 パレスチナ問題が2023107日以降、状況を一気に悪化させたことで、皆様も心を痛めておられるのではないでしょうか。関連情報があふれているため、今回は既報報道とは異なる視点からこの問題を考えてみましょう。
 パレスチナは地球上で最も重要度の高い「要衝」のひとつです。そのことを理解するために地図を開いてみてください。広大なアフリカ大陸とアラビア半島、その先に広がる全ユーラシア大陸が、シナイ半島とそれに続くパレスチナの「歩いて渡れる回廊」だけで唯一結ばれているのです。
 人類史においてもこの場所は重要でした。およそ700万年前のアフリカ西部で二足歩行を始めた猿人は、そのずっと後、ネアンデルタール人として推定30万年前に、この回廊を辿って世界に拡散しました。そしておよそ20万年前に、私たちの直接の祖先ホモ・サピエンスもこの道を歩いて世界へ向かったのです。驚くべきことは55千年前に、現在のイスラエル北部ガリラヤ湖周辺で、日々出会う距離で生活していたことが確認されていることでしょう。
 次に注目したいのは、モーセ五書(民数記、申命記)に出てくる「王の道」と「葦の海の道」です。現在のシリアからダマスカスを通り、パレスチナを抜け、エジプトに至る旧約聖書の時代から知られる2つの街道です。周囲の文明大国、アッシリア、バビロニア、エジプトなどは、この街道を時には交易のために、時には戦いのために往き来していたのです。
 それだけではありません。レバノン山脈を水源とした水がガリラヤ湖に注ぎ込み、ヨルダン川や無数のワジ(雨期に出現する川で、地下に水脈を持つ)を通して周囲に水を注ぎ続けました。またエルサレム神殿を作った「レバノン杉」も、当時は十分に茂っていたのです。文字通り、かつてカナンと呼ばれたパレスチナは「乳と蜜の流れる土地」=約束の地だったのです。
 ローマ帝国がこの場所に執着理由も、地政学的な見地から理解できます。肥沃なナイルデルタに位置し、ギリシャ語聖書を翻訳したヘレニズム文化の中核都市アレキサンドリアや、かつてハンニバル将軍の地として地中海貿易の中心を担ったカルタゴなどの土地を結ぶ環「地中海」支配を効率的に進めるためには、パレスチナを支配下に置くことが絶対条件だったのです。
 現在のパレスチナ問題を宗教問題と捉えると本質は理解できません。また今回の戦いがアラブ圏からの見方である「『ナクバ(大厄災)』の再来」と捉えると核心を見誤ります。
 ガザを支配するハマスは、イスラエルの「殲滅」を行動原理とする武装組織です。対するイスラエルも、これまで続けたパレスチナでの「ユダヤ人入植地」拡大は完全に国連決議違反の侵略行為で、民間人が殺害されることも容認する現在のガザ攻撃は明らかな「国際人道法」違反です。つまり、どちらかが悪いのではなく、どちらも悪いのです。その陰で、ガザの一般の人々の血が流されていることこそが問題なのです。
 さて、こうした事態を前に、日本は何ができるのでしょうか? パレスチナ分割決議は194711月の国連決議によって、賛成33カ国、反対13カ国、棄権10カ国の決議を受け、採択されました。これにより翌年の514日、イスラエルは建国しました。(翌15日、アラブ連盟5カ国は15万人の兵力と共にイスラエルに軍事侵攻。対するイスラエルは3万人の兵士で応戦したのですが、最終的にイスラエルが5倍の兵力に対して勝利し、その結果過激、かつ過剰防衛したことで大量のパレスチナ難民が生まれたと考えられています)
 しかし、第二次世界大戦後、GHQの統治下で国連に加盟できなかった日本は、幸いなことに、この決議にまったく関与していません。つまりパレスチナ問題において完全な中立の立場を取り得るのです。
 こうした歴史的前提を前に、日本のやるべきことは明らかでしょう。関係する当事者たちに積極的に呼びかけた上で、パレスチナにおいて生命の危機に直面する一般の人々への惜しみない支援の実施なのです。

 

 

バックナンバー

2024年1月号 年頭にあたって 『核』否定の思想に立つ.pdf(坂口和子)

2023年12月号 クリスマスメッセージ 悲しみのさらに向こう.pdf(友野富美子)

2023年11月号 クリスマスと音楽.pdf(竹内智子)

2023年10月号 今はもう「茶色の朝」になっている.pdf(渡辺一枝)

2023年8月号 ウクライナ避難者から教えられたこと.pdf(横山由利亜)

2023年7月号 原発の本当の怖さ.pdf(小倉志郎)

2023年6月号 YWCAは魅力的なところ.pdf(遠藤久江)

2023年5月号 憲法記念日に思う 真の性売買禁止法の制定を.pdf(角田由紀子)

2023年4月号 イースターメッセージ イエスの平和(その2).pdf(廣石望)

2023年3月号 座談会 ユースに聞く、性と生殖に関する自己決定とYWCA.pdf

2023年1月号 「全力ハイブリッド」で次のステージへ「対話の灯を」点火しましょう!.pdf(山本知恵)

2022年12月号 クリスマスメッセージ 世界の隅で起こったこと.pdf(マリア・グレイス笹森田鶴)

2022年11月号 性と生殖に関する健康と権利.pdf(雀部真理)

2022年10月号 イエスの平和.pdf(廣石望)

2022年8月号 被爆77年。過去を見つめ、未来を考える―広島YWCAのいま.pdf     (中澤晶子)

2022年7月号 平和の種をまく.pdf (内山佳子)

2022年6月号 「お花畑」を笑う者は「焼け野原」をもたらす.pdf(中野晃一)

2022年5月号 第38回憲法カフェ 岸田政権と自民党憲法改正案.pdf

2022年4月号 イースターメッセージ「えっ、こわい」 .pdf(有住航)

2022年3月号 国際女性デーにあたって 国連女性の地位委員会(CSW)とYWCAのかかわり.pdf (根本博子)

2022年1月号 年頭にあたって 平和の器とならせてください.pdf(栗林(坂口)和子)

2021年12月号 クリスマスメッセージ 夜明けは近い.pdf (井口 真)

2021年11月号 キリスト教教育が大切にしているもの.pdf (西原廉太)

2021年10月号 聖書が語る希望.pdf

2021年8月号  足元から平和をつくる.pdf (樋口さやか)

2021年7月号 コロナ禍に生きる女性と子ども.pdf (大日向雅美)

2021年6月号 平和創造~野尻湖から辺野古へ~.pdf (金井創)

2021年5月号 憲法記念日に思う 私にとってのキリスト教基盤.pdf (幕谷安紀子)

2021年4月号 イースターメッセージ 敗者の復活.pdf (堤 隆)

2021年3月号 「留学生の母親」運動 現在・過去・未来.pdf(八星恵子)

2021年1月号 年頭にあたって それでも心を高く.pdf (川戸れい子)

2020年12月号 クリスマスメッセージ マリアの歌.pdf(柳下明子)

2020年11月号 コロナ禍でDVを引き起こしているものとは.pdf(丹羽麻子)

2020年10月号 拡大ひととき礼拝 平和を実現する人々は、幸いである.pdf(ランデスハル)

2020年8月号 原爆投下75周年の広島に身を置いて.pdf(湊晶子)

2020年7月号 地球温暖化と私たち.pdf (山内恭)

2020年6月号 憲法記念日に思う 個の尊厳を奪われた存在が象徴であるということ.pdf (齊藤小百合)

2020年4月号 イースターメッセージ 倒れても大丈夫.pdf (吉岡康子)

2020年3月号 生かされている喜び―問題だらけの社会で―.pdf(太田尚子)

2020年1月号  世界に仲間たちと共に目指す、2035ビジョン.pdf(藤谷佐斗子)

2019年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスの光.pdf(東彩子)

2019年11月号 韓国で「わたし」と向き合いながら.pdf(長尾有起)

2019年10月号 「日米同盟」とは何か.pdf (川戸れい子)

2019年8月号 昨日に変わらぬ今日、今日に変わらぬ明日.pdf (鈴木伶子)

2019年7月号 権力者から私たちの時間を取り戻そう.pdf (石井摩耶子)

2019年6月号 「命(ぬち)どぅ宝」―わたしは命である―.pdf (神谷武宏)

2019年5月号 憲法記念日に思う 「憲法を議論せよ」.pdf (島昭宏)

2019年4月号 イースターメッセージ 慰めと希望のイースター.pdf (高橋貞二郎)

2019年3月号 講演会「世界の核被害」.pdf

2019年1月号 年頭にあたって 寛容でありたい.pdf (川戸れい子)

2018年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスを迎えるために.pdf (瀬口哲夫)

2018年11月号 講演会「BC級戦犯を知っていますか?」.pdf

2018年8月号 そこに「痛み/悼み」はあるか.pdf (金迅野)

2018年7月号 対決ではなくて、対話こそが平和を作る.pdf (楊志輝)

2018年6月号 沖縄と憲法.pdf (金井創)

2018年5月号 憲法記念日に思う ー改憲的護憲路運について.pdf (高木一彦)

2018年4月号 復活?.pdf (秋葉晴彦)

2018年3月号 国際女性デーを記念して.pdf (藤原聖帆、山口慧子対談)

2018年1月号 年頭にあたって この道を、ためらわず.pdf (実生律子)

2017年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスの光と闇.pdf (鈴木育三)

2017年11月号 「共に生きる」ということ.pdf (田中公明)

2017年10月号 知っていますか? 外国人労働者の問題.pdf (鈴木伶子)

2017年8月号 戦争・暴力の反対語は、平和ではなく対話です.pdf (暉峻淑子)

2017年7月号 天皇の「おことば」は天皇制に生かされるか.pdf (吉馴明子)

2017年6月号 米軍基地と沖縄.pdf (糸洲のぶ子)

2017年5月号 憲法記念日に思う バーニー・サンダースの選挙運動に学ぶ.pdf (宇都宮健児)

2017年4月号 イースターメッセージ からだのよみがえり.pdf (大久保正禎)

 

 

ページトップにもどる