機関紙『東京YWCA』

東京YWCAでは、会員向けに、年11回機関紙を発行しています。
ここでは、内容の一部をご紹介します。

機関紙『東京YWCA』 No.790(2023年4月号)

イースターメッセージ
 イエスの平和(その2)
  ―イエスの受難と復活の視点から―            

                       廣石 望
                       (日本基督教団代々木上原教会担任教師、
                        立教大学文学部キリスト教学科教授)

 1月19日、キリスト教基盤研究室主催第4回聖書に親しむシリーズ「イエスの平和」(その2)が東京YWCA会館およびオンラインにて開催されました。講師の廣石望さんにイースターメッセージとして要旨をご寄稿いただきました。

 戦争を行う者は、勝利こそが平和への道だと考えているのではないでしょうか。古代ローマの軍事学者ウェゲティウスは「汝平和を欲さば、戦いへの備えをせよ」と言いました。帝政期の「ローマの平和pax Romana」の理念には、世界大の平和を創出するために、あらゆる戦争に終わりをもたらす大戦争に勝利しなければならない、という含みがありました。平和は戦争の反対のものであると同時に、戦争の正当化でもあったのです。
 他方で、哲学者インマヌエル・カントは「理性は戦争を禁じており、平和は私たちの義務である」、「平和は諸民族相互の契約を通して設立される」と論じました(『永遠平和のために』1795年)。現代の平和を愛する人々も、この理解に共感するのではないでしょうか。しかしながら「平和の実現は私たちの義務だ」という、人類の生死を決するほどの定言命法は、戦争の現実を前にするとき、私たちをひどくがっかりさせます。戦争を終わらせる契約という平和理解は、戦争概念に深く依拠しています。
 「戦争」という概念に依拠しない、平和理解はありうるでしょうか。じつはギリシア・ローマ世界には、かつての黄金時代には「永遠の平和」があった、つまり戦争をペアとしない平和があった、という神話的な観念があります。少しそれに似て、聖書で用いられる「平和」は戦争と結びつくことがずっと少ないです。
 ヘブライ語「シャローム」は、何かを完全ならしめる、まったくする、あるいは健康にするという意味の動詞から派生しました。神がギデオンに「君に平和。君は恐れるな。君は死なない」と言うとき(士師記6:23)、平和の挨拶(あいさつ)を通して平和が分配され、挨拶する者は平和なふるまいを自らに義務づけ、平和を約束された者はそれに信頼できます。「私の骨には平和がない、私の罪のゆえに」(詩編38:4)と言われるとき、平和とは健康な生に属するすべてを包摂する救われた状態です。神が「私に平和をなせ(私と和解せよ)」と言うのは(イザヤ書27:5)、神との関係が疎外されるとき、人は自分自身に対しても平和でいられないからです。使徒パウロが「君たちに恵みが、そして平和が、私たちの父なる神と主イエス・キリストから」と挨拶するとき(ローマの信徒への手紙1:7)、平和は私たちの努力目標でなく、すでに神によって実現されています。
 ヨハネ福音書の顕現物語では、復活したイエスは、恐れのゆえに屋内に立てこもっていた弟子たちの真ん中に立ち、「君たちに平和」と挨拶して、傷跡を見せました。そしてもう一度「君たちに平和」と挨拶して、「私も君たちを遣わす」と言い、息を吹きかけつつ「聖霊を受けとれ」と言います(ヨハネ20:19-23)。復活のキリストの身体に残る傷跡は、暴力の破壊力がすでに克服されていることのしるしです。また聖霊の賦与は、「罪の赦し」という新しい、また根源的な現実を告げるためです。この平和の挨拶が、私たちの生に使命としての意味を与えると思います。

               



バックナンバー

2023年3月号 座談会 ユースに聞く、性と生殖に関する自己決定とYWCA.pdf

2023年1月号 「全力ハイブリッド」で次のステージへ「対話の灯を」点火しましょう!.pdf(山本知恵)

2022年12月号 クリスマスメッセージ 世界の隅で起こったこと.pdf(マリア・グレイス笹森田鶴)

2022年11月号 性と生殖に関する健康と権利.pdf(雀部真理)

2022年10月号 イエスの平和.pdf(廣石望)

2022年8月号 被爆77年。過去を見つめ、未来を考える―広島YWCAのいま.pdf     (中澤晶子)

2022年7月号 平和の種をまく.pdf (内山佳子)

2022年6月号 「お花畑」を笑う者は「焼け野原」をもたらす.pdf(中野晃一)

2022年5月号 第38回憲法カフェ 岸田政権と自民党憲法改正案.pdf

2022年4月号 イースターメッセージ「えっ、こわい」 .pdf(有住航)

2022年3月号 国際女性デーにあたって 国連女性の地位委員会(CSW)とYWCAのかかわり.pdf (根本博子)

2022年1月号 年頭にあたって 平和の器とならせてください.pdf(栗林(坂口)和子)

2021年12月号 クリスマスメッセージ 夜明けは近い.pdf (井口 真)

2021年11月号 キリスト教教育が大切にしているもの.pdf (西原廉太)

2021年10月号 聖書が語る希望.pdf

2021年8月号  足元から平和をつくる.pdf (樋口さやか)

2021年7月号 コロナ禍に生きる女性と子ども.pdf (大日向雅美)

2021年6月号 平和創造~野尻湖から辺野古へ~.pdf (金井創)

2021年5月号 憲法記念日に思う 私にとってのキリスト教基盤.pdf (幕谷安紀子)

2021年4月号 イースターメッセージ 敗者の復活.pdf (堤 隆)

2021年3月号 「留学生の母親」運動 現在・過去・未来.pdf(八星恵子)

2021年1月号 年頭にあたって それでも心を高く.pdf (川戸れい子)

2020年12月号 クリスマスメッセージ マリアの歌.pdf(柳下明子)

2020年11月号 コロナ禍でDVを引き起こしているものとは.pdf(丹羽麻子)

2020年10月号 拡大ひととき礼拝 平和を実現する人々は、幸いである.pdf(ランデスハル)

2020年8月号 原爆投下75周年の広島に身を置いて.pdf(湊晶子)

2020年7月号 地球温暖化と私たち.pdf (山内恭)

2020年6月号 憲法記念日に思う 個の尊厳を奪われた存在が象徴であるということ.pdf (齊藤小百合)

2020年4月号 イースターメッセージ 倒れても大丈夫.pdf (吉岡康子)

2020年3月号 生かされている喜び―問題だらけの社会で―.pdf(太田尚子)

2020年1月号  世界に仲間たちと共に目指す、2035ビジョン.pdf(藤谷佐斗子)

2019年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスの光.pdf(東彩子)

2019年11月号 韓国で「わたし」と向き合いながら.pdf(長尾有起)

2019年10月号 「日米同盟」とは何か.pdf (川戸れい子)

2019年8月号 昨日に変わらぬ今日、今日に変わらぬ明日.pdf (鈴木伶子)

2019年7月号 権力者から私たちの時間を取り戻そう.pdf (石井摩耶子)

2019年6月号 「命(ぬち)どぅ宝」―わたしは命である―.pdf (神谷武宏)

2019年5月号 憲法記念日に思う 「憲法を議論せよ」.pdf (島昭宏)

2019年4月号 イースターメッセージ 慰めと希望のイースター.pdf (高橋貞二郎)

2019年3月号 講演会「世界の核被害」.pdf

2019年1月号 年頭にあたって 寛容でありたい.pdf (川戸れい子)

2018年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスを迎えるために.pdf (瀬口哲夫)

2018年11月号 講演会「BC級戦犯を知っていますか?」.pdf

2018年8月号 そこに「痛み/悼み」はあるか.pdf (金迅野)

2018年7月号 対決ではなくて、対話こそが平和を作る.pdf (楊志輝)

2018年6月号 沖縄と憲法.pdf (金井創)

2018年5月号 憲法記念日に思う ー改憲的護憲路運について.pdf (高木一彦)

2018年4月号 復活?.pdf (秋葉晴彦)

2018年3月号 国際女性デーを記念して.pdf (藤原聖帆、山口慧子対談)

2018年1月号 年頭にあたって この道を、ためらわず.pdf (実生律子)

2017年12月号 クリスマスメッセージ クリスマスの光と闇.pdf (鈴木育三)

2017年11月号 「共に生きる」ということ.pdf (田中公明)

2017年10月号 知っていますか? 外国人労働者の問題.pdf (鈴木伶子)

2017年8月号 戦争・暴力の反対語は、平和ではなく対話です.pdf (暉峻淑子)

2017年7月号 天皇の「おことば」は天皇制に生かされるか.pdf (吉馴明子)

2017年6月号 米軍基地と沖縄.pdf (糸洲のぶ子)

2017年5月号 憲法記念日に思う バーニー・サンダースの選挙運動に学ぶ.pdf (宇都宮健児)

2017年4月号 イースターメッセージ からだのよみがえり.pdf (大久保正禎)

 

 

ページトップにもどる