機関紙『東京YWCA』

東京YWCAでは、会員向けに、年11回機関紙を発行しています。
ここでは、内容の一部をご紹介します。

機関紙『東京YWCA』 No.740(2018年8月号)


そこに「痛み/悼み」はあるか

金 迅野(キム シンヤ マイノリティ宣教センター共同主事、
在日大韓基督教会横須賀教会牧師)

 日本国憲法が施行された1947年、8月に文部省が『あたらしい憲法のはなし』というこどもむけの冊子を発行しています。書き出しは以下のように始まっています。「みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だからこんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。」
 これは、国家が作った冊子ですが、言葉の背後に具体的な「痛み」や死の匂いが漂っているのを感じます。言葉に悼む心の重みがあるように感じます。ところがこの言葉の重みは数年後には雲散霧消したようです。「数年もすると読まなくなった」と当時小学生だった方のお話を聞いたことがあります。おそらく1950年に勃発した朝鮮戦争によって、重工業を中心とした鉄鋼業の需要が伸び、日本は高度成長の足場を作るきっかけを掴んだからだと思われます。中学まで朝鮮学校に通っていた私は、日本の公立高校に入学して社会科の授業の中で「特需」という言葉をはじめて聞きました。いまでも、身体の奥底で違和感を感じたことを覚えています。「特需」というこの言葉は、たくさんの人の死を悼む心の傷を「コーティング」するように、この地で流布していったのでしょうか。そこには、『あたらしい憲法のはなし』にただよっていた痛みと悼みと死の匂いは微塵(みじん)もありません。ひょっとしたら、戦後日本の歩みの決定的な岐路の一つがここにあったのかもしれません。
 ところで、日本国憲法が施行される前日である1947年5月2日は最後の「勅令」が出た日です。「外国人登録令」というこの勅令によって旧植民地出身者である旧日本国民は「当分の間外国人とみなす」とされたのでした。翌日に施行された日本国憲法14条には「すべて国民は、法の下に平等であって...」とあります。草案の「all natural persons 凡ソ人ハ」がわざわざ改変されたことを考えるとなんともやるせない気持ちになります。そして、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効によって、旧植民地出身者であった私の祖父や父らは選択の余地なく「日本国籍を喪失する」ことを宣言されました。世界に誇るべき「日本国憲法」の主体の枠組みからこのように枠外におかれたこの経緯を考えるとき、私は、「日本国憲法」の理念に賛同すると同時にとても複雑な気持ちになります。
 13条には「すべて国民は、個人として尊重され」生命、自由、幸福の追求に対する権利を有し国家は最大限尊重すべきことがうたわれています。しかし、国策によっていまこの瞬間も生命の危機、危険、不安にさらされている福島や沖縄の人びとも、現実には「枠外」に置かれているのではないでしょうか。「沖縄は大変ですね」と語る人は、自然、温和という都合のいいイメージに沖縄を閉じ込めながら、人の足を踏みつけている構造に無自覚であり、他者の「怒り」に無関心であるにすぎない。そのように語る沖縄の友人を、日本国憲法は枠内にとどめているといえるのでしょうか。被爆した牛の殺処分を行政から勧告されていながら、立ち退きを拒否し「無駄」な飼料を今日も与え続けている福島の牛飼いを、憲法は枠内にとどめているといえるでしょうか。
 私はもとより日本国憲法の理念を「護る」ことに賛成しますし、憲法そのものをないがしろにする潮流には断固抗いたいとも思います。しかし、同時に、憲法を「護る」と言うとき、すでに「枠外」に置かれてしまっている存在の痛みとどのように対峙しているかを自らに問うことを忘れない「われわれ」、「悼み」の心をたやすく忘れてしまうことのない「われわれ」でありたいと思います。




バックナンバー

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2018年3月号 国際女性デーを記念して.pdf (藤原聖帆、山口慧子対談)

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2016年5月号 憲法記念日に思う.pdf (武井由起子)

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2016年2月号 となりびと 若い米兵との出逢い.pdf (砂川真紀)

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2015年12月号 クリスマスメッセージ インマヌエルー神はだれと共におられるのか?.pdf (瀬戸英治)

2015年11月号 安全保障関連法の後に.pdf (川戸れい子)

2015年8月号 善悪を見分ける力.pdf (松本敏之)

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2015年4月号 イースターメッセージ  平和があるように.pdf (神﨑雄二)

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