2026年度8月園だより

「ひとしずく」を平和のために

園長 清田 悦子  

『ハチドリのひとしずく』という南米の先住民族に伝わる民話をご存知の方も多いと思います。

『森で火事が起こりました。けものも虫も鳥たちも、われ先に逃げました。でも一羽の小さなハチドリは留まりました。水辺と森を行き来しては、くちばしに含んだ水を一滴ずつ、火の上に落としています。"そんなことをして何になるんだ"と笑う他の動物たちに、ハチドリは答えました。"私は自分ができることをしているだけ"』

この話に照らしてみると、いま私たちの周りの世界では、あちこちで「火事」が起きているようです。出口の見つからない戦争で、市民同士が憎しみ合って武器を手に取り、大切な家族や友人との 穏やかな日常を一瞬にして失った悲しみが満ちています。気候変動や大規模な災害によって苦しみ、また社会的な格差、分断に傷つく人々も多くいます。荒れ果てた戦場で途方に暮れる人々の姿の一方で、まるでゲームの世界のようにAIで攻撃対象を定め、無人機で爆撃しあう大人たちの戦いは、 子どもたちの目にどのように映っているのでしょう。

私自身は戦後30年近く経って生まれた「戦争を知らない子どもたち」と言われた世代ですが、 現在90代の父は、戦時中に空襲の恐怖や飢えの中の子ども時代を生き抜きました。私は子どもながらに親から聞いた戦争の話が今でも生々しく心に残っています。「草の根っこやお芋でひもじさをしのぐ毎日」「たった一発の焼夷弾で家が燃え、友だちや家族と生き別れる、見上げるのも恐ろしい空」。母方の祖父は、広島で勤務中に被爆し、一命はとりとめましたが、その時見たこの世の地獄のような光景について孫の私には一切語らず、亡くなったあとの手記で知りました。

その悲惨な戦争から80年以上経った日本に生まれた子どもたちに「戦争を知らない大人たち」が「戦争と平和」について伝えていくのは、とても難しいことのように思います。 「大人はどうして仲直りしないの」「敵はわるいからやっつけてもいいんだよね」というまっすぐな子どもの問いに答えられる大人は、どれだけいるでしょうか。「わたしにも本当の答えがわからない。一緒に考えよう」と答えるしかないかもしれません。子どもたちと手探りをしながら、一人ひとりにたった一つしかない「いのち」の重みを確かめていけたらと思います。

子どもたちは、平和な世界をつくるこれからの時代の担い手です。「平和」とは「ケンカをしないこと」ではなく、多様な人間同士が互いの違いを認め合いながら一緒に築いていく関係のこと。 自分の考えていることと、相手の感じていることは違うと気づく。勇気を出して自分の思いを伝え、相手のことばにも耳を傾ける。「ことば」は時に大切な友だちの心を深く傷つける剣のようにもなり、同時に友だちを慰め、傷を癒す温かい力も持っていることを知る。どうしても互いに解決ができないときは、どうしたらまた一緒に楽しく遊べるようになるか「じゃあさ、こうしてみたら?」と、みんなで考えることができる「仲間」の力がある。子どもたちは、毎日の生活の中で、気持ちの行き違いや葛藤を乗り越え、人とつながりあう嬉しさ、幸せを経験しながら「平和をつくる人」へと成長していくと信じています。

世界が混沌としていても、一つ確かな思いがあります。この子どもたちの未来は、人と人とが支えあい、愛し合う平和な世の中であってほしいということ。大きくなった子どもたちが戦場に行って人を殺したり殺されたり、大切な人を失ったりする未来にしないようにする責任は、いま大人である私たちにあるということです。 それがたとえ「ハチドリのひとしずく」であったとしても、子どもたちの未来のために今できることを探していきたいと思います。

酷暑にある被災地の方々が支えられるように心からお祈りします。どうぞ皆さまも、この夏を   健やかにお過ごしください。