園だより

2017年8月
副園長 瀬口哲夫

left.tifright.tif平和をつくる





今、目の前のプールで水を跳ね上げて遊ぶ子。歓声を上げながらバッタを捕まえようと芝生を走り回る子。親にじゃれついてふざける子。そんな子どもたちの笑顔を見ていると、何気ない「時」のなかに、親から子へ、子から孫へと「いのち」が繋がっていく素晴らしさと、なにげない日々の中にある「平和」を感じることがあります。その一方で、世界の悲惨な状況をつい忘れがちになっている自分がいます。

今日も戦争やテロによる悲惨な状況が世界中から伝えられますが、"血の匂いや土埃、耐え難い息遣い"は映像では伝わってきません。毎年8月に思い出すのは広島、長崎に落とされた原爆の惨状。想像してみましょう。「おかあさん。水をちょうだい」と苦しみながら亡くなっていった子どもたち。母や兄弟姉妹の名前を空しく叫び続ける子ども。その子どもたちを助けることもできずに、ただ見つめる大人たち。考えただけで心が締め付けられるようです。けれど、戦争ばかりが子どもたちを苦しめるものとは言えません。貧困や飢餓に苦しむ人々と子どもたちの状況は、よほど関心を持って見なければ無いことになってしまう怖さも感じます。

子どもたちは、「平和な世界」をつくるこれからの担い手です。「平和」とはケンカをしないことではなく、異なる思いをもった者同士が話し合うことができる「関係」のことだということが徐々に子どもたちには分かっていきます。子どもたちは、友だちの持っているものがどんなに欲しくても力で奪うことは出来ず、それならどうしたら歩み寄れるのかを皆と一緒に考えることが出来ます。動物や魚、鳥や虫、木や草花たちと一緒に生きていくために自分たちに何が出来るかを話し合うことが出来ます。そのような経験を重ねて、「平和をつくる人」へと成長していくことでしょう。しかし、それにはまだまだ時間がかかります。大人になっていく間には、自分の意見が押さえつけられ、平和を望んでも失望することがあるかもしれません。諦めたくなることも多いことでしょう。それでも、様々な人と意見を交わし、悩みながらも"すべての人が大切される世界をつくるために自分に何が出来るか"を考えるようになっていきます。

平和は皆で力を合わせてつくり上げていくものです。自分にとってどんなに辛い体験であっても、周囲の人々の悲しみを自分のものとして想像することが、平和な世界をつくるための"英知"へと高められることがあるのです。

"平和"への"想像力"
それは、人間に与えられた大きな恵みだと信じています。