ひびきあう心

2018年12月
副園長 瀬口哲夫

  クリスマスの時期になると、キリスト教系の子ども施設の多くがイエス誕生の劇の練習を始めます。十数年前になりますが、年長組担任だった私が子どもたちにどんな役をやりたいかを尋ねると、一人の女の子が、宿屋の人をしたい。赤ちゃんが産まれそうで困っているイエスのお母さんのマリアを助けたいからと言ってきました。ところがその子のお母さんは、主役となってきれいな衣装を着るマリアの役を我が子にさせたいという願いを諦めきれません。子どもを叱るお母さんの姿を見て、苦しむ人々が「神への信頼」と「助け合い」によって「希望」を見つける劇なのに、そのことをしっかり伝えられないことに責任を感じました。
  お母さんがおっしゃるには、小さい時に親から疎まれ、学校に行けば成績が上がらないと叱られてばかり、先生からも友だちからも'鈍い''汚い'と苛められ、社会に出たら男にだまされて子どもを産み、いつも一人ぼっち。誰も私の方は見てくれなかった。この子にだけは、美しい衣装を着て、皆に注目される「マリア」という役をさせてあげたかったというのです。
私たち保育士は、子どもの側に立ち、子どもの気持ちを尊重するようにしていますが、親には親で、生きてきた道があり、自分の人生を背負って懸命に生きていることを考えさせられました。そうした親の気持ちも考えた上で、子ども一人ひとりが安心して生活でき、喜んでキラキラした目をして遊ぶことが出来る場所、自分は~をしたいということをはっきり言うことの出来る場所を、保護者の方々、地域の方々と手を携えて作っていくことこそが私たちに与えられた使命と考えています。
  最終的に、その女の子は希望した宿屋の人になってイエス誕生の劇を皆と一緒に楽しそうにやりました。この劇を見たお母さんの涙は忘れられません。その涙を流させたのはA子ちゃんの満足気な笑顔だと思いました。